釣り

この間5日ほど休みがあったので、帰郷ついでにバンドメンバーを連れて3人で夜釣りに行くことになった。

 

そういえば私はもう何年も釣りに行ってないし、なんせ実家を離れたせいで海を見ていない。

房総半島といえば勝浦や御宿などとにかく海には困らない。

深夜0時、物置に眠っている釣り竿を取り出す。

 

フラッシュバックする、色んな思い出。

 

竿は3本あったが1本はリールがなく、もう1本は竿の先端がなくリールも少し壊れていた。

 

よく考えれば私の竿にはまともに魚がかかったことがなく…いや、私の竿と言ってもアッチの私の竿の事ではない。

アッチの私の竿は常に魚が釣れっぱなしの投げっぱなしジャーマンだ。勘違いされては困る。嘘だが。

 

こちらの私の竿の話に戻ろう、いやもう少しアッチの私の竿に触れてみよう、私の竿に触れてみようと言いたかっただけなので話を戻そう。

 

まあ釣りに行くと大体総スカンで終わってしまうのだが、その度に毎回腹を立てては竿を地面に叩きつけ、あたりにあるものをすべて海に放り込み、

「この海には魚なんて1匹もいねえ…!」

と捨てゼリフまでも海に投げつけてやったものだ。きっと若さだったのだろう。

 

だが今は違う。釣りは魚がかかるまでの間、広大な海を眺めながら今までを振り返り、そしてこれからを考える自分を見つめ直す時間を与えてくれる。

 

そこがいいのだ。それを含めて私は海が大好きだ。嘘だが。

 

大原漁港はこの前水死体が上がったので鵜原に行くことにした。だがその前に餌を買わなければならない。

海の近くの釣具屋は夜中だと大抵しまっているが、大抵は店先の自販機で夜中でも餌を売っている。

 

エサは青イソメというミミズに近い生き物で、針を刺すと出血し、物凄い勢いで暴れたり噛み付いたりもする。

そして魚に食われやがてその魚は人間に食われる…。つくづく私は青イソメに生まれずに良かったと思う。だって針で刺されて食べられちゃうんだもんね。

 

とにかく自販機を探さねばならない。

 

しばらく車を走らせたがなかなか美味そうなラーメン屋が見つからない。

 

諦めかけた瞬間、思いもよらない看板が目に飛び込んできた。

 

「くるまや」!

おお、あれはリニューアルした「くるまや」!

300円もあれば腹いっぱい食え、味も決して悪くない。

分かりやすく言えばバイキング形式の激安の店だ。ここにしよう!

新しくなったくるまやは「KURUMAYA」などとローマ字で書かれ、店内もファミレスのようになり女性も入りやすい内装にメタモルフォーゼされていた。

 

私は180円のラーメンを食べた。小腹を満たした私とメンバーは帰路についた。

 

はっ!!!

 

違う!我々は何をしに来たのだ!?

 

そうだ釣りだ!!!いつの間に目的がすり変わっていたのだ!?

 

十五時間後にはまた船橋っていう戦場に戻らねばならないのだ。我々には時間がない。

 

青イソメを自販機で購入し、釣りのポイントを決める。

波は穏やかで、潮の香りが懐かしい。

青イソメに針を刺す。

プシュッと吹き出す血で全身が紅に染まる。

イソメはもがき苦しみ必死に逃れようと身をくねらせる。

無駄無駄無駄ァーーーーッ!!!

その姿はまるで踊り狂ったジュリアナ嬢だ。

ちなみに私はイソメを素手で触れない。

だって気持ち悪いんだもん。

ポチャンと心地よい音を立て、海面に波紋を広げながらイソメが海底を目指す。

 

対岸では工場の煙突が絶え間なく吐き出す煙…。船と港をつなぐ古びたロープのきしむ音…。隣にはバンドメンバーではなく友達としてのホイミとフジコ…。

私は釣りをしている。

 

沖合でトビウオが跳ねている音が聞こえる。

世間一般ではトビウオはピョンっと跳ねるぐらいのイメージかもしれないが、全然そんなもんでは済まない。

普通に弾丸みたいな速度で水面から飛び出しては、余裕で50メートルは飛び続けるのだ。叔父の漁船がトビウオに穴を開けられたこともある。

 

 

…しかし寒い。

 

なるほどやはりここは12月の海だ。寒くない訳がない。

私は暖をとろうと燃えそうなものを探した。

近くのごみ捨て場を見ると雑誌などが入った紙袋がある。

よく見るとそれらはエロ系雑誌にビデオやDVDのケースだ。なぜ海に?

こうなるとまたアッチの私の竿について触れなくてはならなくなってしまうが今はそれどころではない。

この寒さをなんとかしなくては。

 

ギリシア神話の愛の神エロスには申し訳ないが、私はエロ共に火を放った。雑誌やビデオのパッケージの中で花を咲かせる彼女たちの白い肌や赤い唇が炎に包まれては灰になっていく。

 

自分の写真などを自分で燃やした経験はないが、自分が燃えゆく姿を目にしたらさぞ不愉快だろう。ましてやポスターなどになり、学校の廊下に貼られヒゲを書かれたり目に画鋲などを刺された挙句に、「こんにちは」などと吹き出しを付けられたりするぐらいなら焼け死んだ方がましだ。南無南無。

 

ホイちゃんはイソメやフジツボを炎の中に投げ込み笑っている。この人は普段常識人ぶってる癖に、深夜テンションになると途端にサイコパスを発揮するのだ。以前深夜プランでスタジオ練習してた時に、突然「メントスコーラがやりたい」と言い出し実行した挙句、笑顔で全身をビチャビチャにするという暴挙に及んだのには驚いた。ちなみにホイミというのはニックネームで、「保井 実(やすいみのり)」という本名からきている。

 

そろそろ魚がかかってるのでは?と仕掛けを上げてみるが、まんまとイソメは消息不明で、釣り針だけが闇の中で鋭く光っている。

…まあこんなもんだ。

一投目から魚がかかる程釣りは甘くはない。

 

トルネード投法でさっきより遠くに針を落とす。寒さが厳しさを増す。エロスの妖精たちはすっかりその姿を灰に変え、焚き火の煙は工場の煙に負けないぐらいだ。

集合の狼煙と勘違いしたのか、爆音を響かせて暴走族が次々集まってきている。

 

そして2時間が経った。我々は港を後にするところだった。私は工場の煙突から吐き出された煙の行方を見つめた。いや正確には煙の先にある「何か」を見ていたのかもしれない…。嘘だが。

 

ぬるくなったカフェ・オ・レを一気に胃に流し込み、忘れかけていた潮の香りを肺に焼き付けた。

これでまたしばらく釣りをすることもないだろう。

デジタル時計は午前3時20分を示している。

煙突から吐き出された煙は空を鈍色に染めている。

 

釣りは魚がかかるまでの間、広大な海を見つめながら、今までを振り返り、そしてこれからを考える自分を見つめ直す時間を与えてくれた。

 

だがそれがどうした。

 

「この海には魚なんて1匹もいねえ…!」

 

車の窓に映っているのはいつか見た不機嫌そうな顔の男。

釣りを終えた私の手元に残っているのは、アッチの私の竿だけだ。